13. 三木成夫先生の想い出
 
岸 清
 
 東京医科歯科大学在学中を通して、私がもっとも強い印象を受けたのは、ほかならぬ三木成夫先生と精神科の島崎敏樹先生だった。自分自身の青春時代を振り返ってみて、この卓越したお二人が私の手の届く範囲においでになったのに、結局お二人とも師事することなく終わってしまったとの後悔にも似た気持ちでいる。
 昭和三十六年の三木先生の解剖学の講義は、例えば鰓弓筋の図などは、今も鮮明に思いだされる。先生の直観的とも見える豊富な着想、全体を把握する図の見事さ、そして人体をその原形から説明しようとする情念とも思える迫力は、まさに圧倒される思いであった。また、昭和三十八年頃、三木先生がお呼びになった女子医大精神科の千谷教授の観照的見方についての特殊講義は、三木先生の考え方のバックグラウンドを垣間見る思いがした。このようなことを通じて、三木先生には共感と畏敬の念を持ち続けたが、より深く三木先生の中に踏み込んでお話を伺おうとはしなかった。
 このような状態は、解剖学教室に入ってからも続いた。自然科学音痴である私が解剖学教室に入ったので、個別的な事象にばかり目をとられ、全体観を失い、自分の目指す方向が分からないという暗中模索の時代が続いた。このような時代にも、三木先生は、私の身近におられた。解剖学を続けるかどうか迷っていた私を大久保の御宅にお呼びいただき、炬燵で御馳走になりながらクラーゲスについてお話くださりながら励ましていただいた。また、晩秋の午後、東京芸術大学にお訪ねした折には、仕事について何時でも相談に来るようにと言われた。しかし、個別的事象にばかり夢中になっていた当時の私には、三木先生のお話をお聞きしているときは共感を覚えるのだが、仕事の指導を仰ぐという決心がつかなかった。今は、それが私の限界であったのだと考えつつ青春を悔ゆる思いである。
 
(解剖、東邦大学)