26. 『姿、 形と仕掛、 仕組』 と私
 
原 一之
 
 三木先生について数多い思い出のうちから私の人生にとって特に意義深いことについて書かせていただきます。
 昭和三十九年、四月に学部にあがった。脈管学、内臓学と末梢神経系の講義を三木先生から受けた。それらの講義は系統発生学によって筋道が組み立てられていた。単に解剖学用語の羅列ではなく、又これを憶えることを強要されるわけでもなく、講義の対象となる構造の成り立ちからその構造そのものが理解できた。今でも深く印象に残る講義でした。今思うに私の人生はこの講義に大きく影響された。
 昭和四十一年の夏だったと思うが、神経解剖学を専攻される萬年教授によって第三解剖学教室が新設された。三木助教授が第一解剖より移られた。両先生ともに小川鼎三先生の門下であったと思う。私は学生の頃から萬年先生のところで勉強(?)させていただいたので、以後三木先生の教えも受けられるようになった。先生の話される宗族発生にさらに興味をいだくようになった。ところで私が卒業するころはインターン問題で学生紛争が激しく、学内は荒れていた。それ故学外での臨床研修を選んだ。ストライキ中を含め約四年間、外科及び内科の研修を関東逓信病院でおこなった。この研修中に、書物からは知り得ないような患者の病的な動態の解釈に幾度か苦慮させられたことがあった。
 三木先生によると宗族発生(系統発生学)では『姿、形』つまりひとつの構造には『仕掛、仕組』つまりそれに特有の機能があり、その構造の成り立ちからその機能が類推できる。人の器官、組織も何億年かかけて成り立って来ている。その間の形態の変遷をたどれば、その器官なりの大きな流れ、動きが機能として類推できる。この種の類推は現在の生理学では捕え得ないような、大きく、長い動きを教えてくれそうである。これこそ研修中に感じた難問を解く唯一の裏付けを与えてくれそうに思われた。系統発生学的知識、思考を臨床に持ち込みたいと思って、第三解剖に戻った。しかし数年を経ずして三木先生は芸大に行かれてしまった。その短かい期間に受けた教えで宗族発生についての知識は充分なはずだと話されたが、もしさらに自分の得心の行く迄これがしたいのなら黙ってあと八年勉強しなさいと言われた。そこで某新設医大に移って私はさらに十年余、基礎医学での生活を送った。知り尽くそうとして容易ならざるとの実感をいだきつつ、現在は臨床医に復帰していますが、日々の珍療で、三木先生に感謝しつつ『姿、形と仕掛、仕組』の裏打ちに助けられています。ちなみにアマチュア精神で研究はなお続けております。
 時には子供のように無邪気であり、また仙人のように見える時もあったりされた三木先生ですが、懐しく思い出されます。あらためて先生のご冥福をお祈り申し上げます。
 
(東京証券健康保険組合珍療所)