31. 三木先生との惜別
 
藤本 司
 
 一昨年の八月十日、手術場で気持ちを静めながら手洗をしている時、急ぎの電話が入ったとの知らせを受けた。「つかちゃん、驚かないでよ」という言葉に始まり、必死に興奮を抑えて話そうとされる平山先生からの電話であった。「三木先生が御自宅で倒れられ、近くの病院に運び込まれた。脳出血とのことだが手術の適応は無いと言われた。すぐ珍て best の対処をしてくれ」との内容であった。直ちに入院先の担当の脳外料医に連絡をとり、状態とCT検査の結果などをお聞きし、やはり極めて難しい状態であることを認めざるを得なかった。少しでも chance が出てきたら、是非積極的に対処して欲しいと祈る思いでお願いした。担当医の上司の帝京大学の田村教授から、同様の内容の御報告を受けたのは、それから間も無くのことであった。
 夕方やっと病院に駆け付けると、三木先生はICUで静かに横たわっておられ、呼かけにもぴくりともされなかった。あまりにも静かで、「なにをがたがたしているのかね」と言われんばかりの感じに襲われ、偉大な哲人の顔貌をそこに見た思いがした。CTスキャンでは、左被殻を中心に内包、視床を巻きこみ、前頭葉にまで大きく延びた大出血であった。正中線は大きく右へ偏移し、脳ヘルニア直前の状態であり、愕然とした。
 三木先生が倒れられたつい先日、伊沢凡人先生を囲んでの集まりの時、三木先生の憐で、美酒に酔いしれながら、セコイアの大木や浜辺の波の音にまで表現されている、宇宙のリズムの話に引きこまれていったことが、全く別世界での出来事であったかのように思われ、これが死というものなのかなと、始めて死に直面したかのような錯覚に陥った。平光先生が、以前、三木先生に御自分のpaperの別冊を贈られた時、その御仕事は三木先生にとっても大変に懐かしいことだったと思われ、「当時の情景の一々は、いわば三途の川の、のどかな河原の砂に腰をおろして思い浮かぶであろうもっとも印象的なものになるに違いありません」と書いてこられたとのことをお聞きした。以来、三木先生のことを思い出す度に、何故か、広い河原の小さな石に腰をおろし、例の穏やかな、しかもちゃめっ気を漂わせた微笑みを浮かべながらこちらを見ておられるお姿が眼前に浮かび、それがとても慰めになっている。心より三木先生の御冥福を御祈り申し上げます。
 
(昭和大学藤が丘病院 脳神経外科)