72. 「宇宙シンフォニー」を育む
環境としての三木理論
         
正岡 泰千代
 
     元旦 試詠
   羽衣にあまの指さす
       おとそかな
 
 これは、先生御所蔵のレコード、パブロ・カザルス演奏のバッハの無伴奏チェロ組曲全集のジャケットに記されていた御自身の俳句であり、その裏には「昭和四十六年初春わが形態学の友として之をもとむ」とある。先生の御思宰にとっても、音楽は重要なモメントであったことが伺われる事実だ。
 他界せられた先生に、私は二つの曲を捧げた。一曲は、「天に舞え! 心優しき紙飛行機よ」――ヴィオラとクラリネットによる、と題し人間としての師に。一曲は「白鍵の上を歩く四足の爬虫類か、黒鍵の上も歩く四足の爬虫類」――二台のピアノによる、と題し、学者としての師に。しかし、これらは人間的にも思想的にも私の過去を保証して下さった先生への、ささやかな礼状に過ぎなかったというべきであろう。
 いつか機の熟すのを待って、兼ねてより先生が私に話されていた「宇宙シンフォニー」を実現したいと思う。ただ、ここで言われる「宇宙」を、万人の主観から離れた客観的一者ととったのでは、却って先生の意にそぐわぬものとなろう。先生の理論に自然科学的客観性を超えた価値を与えていたのは、その音楽的語り口調によって聴く者に直に感受される肉体的な感触、先生御自身が感じておられた何か心地よい宇宙感覚のようなものではなかったであろうか。そうした、師にとっての生きた宇宙は、そっくりそのまま「宇宙シンフォニー」にとっても生き良い環境に成り得ると私には思われる。
                                    ('74 芸大卒 作曲)