『愛が危機にある』より
 
「早田武作品集 2」(P. 174〜175)  『愛が危機にある』より
            『愛が危機にある』は同人誌「小説無帽」に掲載(1966.10)
 
…(前略)…
 
 「なつかしむ」というのは、頭で、考えて、つくられるものではない。それは、内臓の感受性がもたらすもの、と言ったほうがいいのではないかと思う。「なつかしむ」という感情が、からだのどこから湧いて出るものか分からないが、その気分にどっぷり漬かっていると、なんともいえず、からだ全体が、ほのぼのした、やすらいだ、そしてじーんとした気分になってくる。
 彼は循環器の病気で早く死んでしまったのだが、三木成夫という、中学時代からの親しかった友人がいた。東京芸術大学保健センターの教授をしながら、解剖学という地味な研究をずっとつづけてきたが、あるとき彼から、「なつかしむ」という人間の感情についておもしろい話を聞いた。「なつかしむというのは、人が生まれながらにもっている心のはたらきだ。わたしたちが人間らしいと思っている心の働き働きは、みんな、このなつかしむという感情に根をもっている。なつかしむというのは、人間であることの根幹をなしている感情なのだ」
 こう言ってから、そのなつかしいという感情を、人がどうして生まれながらにしてもつようになったかについて、おもうろに、次のような説明をしてくれた。
 彼の立てた仮説は大胆だった。人は、生まれてくる前の十月を、母親の胎内で、母親の心臓の鼓動と体液の流れを全身で聴きながら、羊水に包まれて過ごすが、その十月の経験が、「なつかしむ」という心のはたらきをつくったのである。それはこういうことである。胎児は、十月の間に、地球上に生きものが生存するようになってから人に進化するまでの、何十億年かに起こったすべてのことを、みずから経験する。海に生息していた時代のことも、海から陸に上がったときのことも、そのとき、渚に打ち寄せる水の音も、きっと聞いていたにちがいない。渚に打ち寄せる水の音は、それだけで、人をなつかしさの感情に誘い込むものだ。
 一度に信じることができないような仮説だったが、そのようなことのすべてが、もしもわたしたちに、無意識の記憶として残っているのだったら、生まれながらに「なつかしむ」という感情をもつというのも、なんとなく理解できることだった。三木は解剖の先生である。人間の胎児の成長の過程をつぶさに調べていったら、そんな結論になったのだと言った。
 人に意識されない記憶があるというのは、何か分かるような気がする。母親の胎内にいた、十月の経験の記憶である。もちろんそれがなんの記憶なのかも定かではないが、その無意識の記憶が、「なつかしむ」という感情をつくり、遠くにある何かに対して、なんとなしにあこがれの気持ちを起こさせる。人間だけがもつ、人間独自の感情である。母親の胎内から出て、母親と分離した幼児が、ひとりで頭をもたげ、何かにつかまり、やがて、ふたつの足で立って、みずから人間そのものの形をつくっていこうとするのは、このこの遠くのものへの強いあこがれがそうさせるのだとは考えられないだろうか。夢のような話だが、このあたりにくると、話にだんだん説得力も感じられるようになった。
 三木成夫に「海・呼吸・古代形象」という著書があって、この本の末尾に、哲学者の吉本隆明さんが長文の解説をつけていて、三木の業績を絶賛している。
 「三木成夫の著書に出会ったのは、ここ数年のわたしにひとつの事件だった。……三木成夫のいちばん柱になる業績は、人間の胎児が受胎三十二日目から一週間の間に、水棲段階から陸棲段階へと変身を遂げ、そのあたりで母親は悪阻になったり、流産しそうになったり、そんなたいへん劇的な状態を体験する。こんな事実を確定し、まとめたことだと、わたしは受け取った。……」
 吉本さんも、三木のあの大胆な仮説をそのまま受け入れているようである。そして三木の業績を、マルクスや折口信夫にも比肩しうるものだと言っている。
 
…(後略)…


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