俘虜収容所別(俘虜番号別)名簿 (1〜13)
≪整理統合前の、当初の収容所振り分けによる名簿≫
 
丸亀収容所俘虜概要(5-a)
全収容所の部隊別人員表(14)
俘虜収容所開閉一覧表(15)
 
瀬戸武彦氏作成
 
Kriegsgefangenenliste je nach dem Lager vor der Integration; von Prof. Seto
siehe auch KURZBIOGRAPHIEN von http://www.tsingtau.info/
 
 
俘虜収容所別(俘虜番号順)名簿の意図
 
1)東京俘虜収容所
 (俘虜番号:1~315)→ 習志野
   星 昌幸(習志野市教育委員会職員): 東京・習志野収容所
 
2)久留米俘虜収容所
 (俘虜番号:316~852→[久留米]、青野原、名古屋、習志野、板東、丸亀)
   堤 諭吉(久留米市嘱託職員): 熊本・久留米収容所
 
3)福岡俘虜収容所
 (俘虜番号:853~1702)→ 青野原、大分、大阪、久留米、名古屋、習志野
   ヴォルフガング・ミヒェル(九州大学教授): 福岡収容所
 
4)静岡俘虜収容所
 (俘虜番号:1703~1809)→ 習志野
   内野健一(ドイツ兵捕虜研究者): 静岡収容所
 
5)丸亀俘虜収容所
 (俘虜番号:1810~2133)→ 板東
   高橋輝和(岡山大学教授): 丸亀収容所
 5-a)丸亀収容所俘虜概要
 
6)姫路俘虜収容所
 (俘虜番号:2134~2456)→ 青野原
   大津留厚(神戸大学教授): 姫路・青野原収容所
 
7)名古屋俘虜収容所
 (俘虜番号:2457~2765)
   校條善夫(名古屋日独協会理事): 名古屋収容所
 
8)松山俘虜収容所
 (俘虜番号:2766~3180)→ 板東
   森 孝明(愛媛大学教授): 松山収容所
 
9)熊本俘虜収容所
 (俘虜番号:3181~3831)→ 久留米(15年6月)
   堤 諭吉(久留米市嘱託職員): 熊本・久留米収容所
 
10)大阪俘虜収容所 *
 (俘虜番号:3832~4117)→ 似島(1917年2月)
   堀田暁生(大阪市史編纂所所長): 大阪収容所
 
11)徳島俘虜収容所
 (俘虜番号:4118~4323)→ 板東
   川上三郎(徳島大学教授): 徳島・板東収容所
 
12)大分俘虜収容所
 (俘虜番号:4324~4464)→ 習志野(18年8月)
   安松みゆき(別府大学教授): 大分収容所
 
13)大阪俘虜収容所等 *
 (俘虜番号:4465~4715)→ 似島
 
 
14)全収容所の部隊別人員表
15)俘虜収容所開閉一覧表
 
 
*
 10)と 13)の違い
 10)の「大阪俘虜収容所」の場合は、俘虜番号3832から4117の全員が大阪に移送され、やがて似島に移されたケース。
 13)の「大阪俘虜収容所等」の場合は、俘虜番号4465から4709の全員が大阪に移されたのではなくて、青島及びその周辺で死亡した俘虜6名、青島俘虜収容所から逃走した俘虜1名、ヤップ島不俘虜になったものの宣誓解放された9名、戦争終結して解放されるまで、青島俘虜収容所に収容された俘虜1名が含まれている。